当社が主催する、『人財』を自社の強みとしている企業が集うコミュニティ「つむラボ」。
同コミュニティでは年に1〜2回ほど、その模範となる企業に視察を行っています。
2024年10月8日(火)はその一環として、有限会社原田左官工業所(以下・原田左官)の視察が開催されました。現在、左官業は業会平均年齢65歳という状況だといいます。しかし原田左官スタッフの平均年齢は35歳。女性の職人も多いといいます。その要因は「見て習え」が当たり前の職人の世界に大きなメスを入れ、あらたな育成方法を導入したという理由があったそうです。
今回はそんな原田左官の代表取締役社長の原田様に講演をいただき、育成方法を改革した背景や実施している施策、また関連して採用の方法などについてお伺いしました。本記事ではその内容をレポートしていきます。
左官の入り口に一緒に行く 原田左官の職人育成
最初に原田左官が取り上げられた、テレビ東京“ガイアの夜明け”が紹介されました。この特集の中で大きく取り上げられていたのは“モデリング”という研修です。
モデリングとはもともとスポーツの世界で行われている練習方法でした。お手本となる選手が競技を行う様子を録画し、一挙手一投足を真似していくというのが一連の流れです。
原田左官ではそれを左官業に応用。新入社員は入社後、左官職人が練習用の壁を塗る動画を見て、同じ壁に向かい職人と同じように壁を縫っていきます。
素材を持つ量や鏝(コテ・左官業で使うヘラのようなもの)を持つ角度、リズムやスピードまで。繰り返し見て真似していくことで、新入社員は左官の基礎を身につけていくのです。
モデリングを取り入れた背景には、左官業ならではの危機感があったと、原田社長は話します。
「原田左官では“夢とロマン”という経営理念を掲げています。建築のなかで、職人は使われてしまうケースが多くあります。『きついことをやらされてる』、『やりたくないのに仕事しなきゃ』と感じてしまうことがありがちなのです。
そういった状況にならないため、『左官をすることで世の中や自分の状況が良くなっていく』という原点にある事実を忘れないよう “夢とロマン”という経営理念を作りました。
モデリングも同じような背景から取り組みを始めました。職人の世界は、以前は『背中を見て習う』というのが普通でした。しかしそれでは今の時代で戦っていくことはできなかったのです。」
原田氏によれば、左官の仕事は昭和50年ごろをピークに減少を続けているといいます。職人の数も同様とのこと。
そうした状況において「何もしないと仕事自体がなくなるのでは?という危機感があった」と原田氏。
これまでの左官業では入社後、新人は例えば掃除をしたりお茶を入れたりといった雑務から始まることが多かったそうです。職人にとっては素人に技術を教えるのが面倒なのだといいます。
やる気のある新人は雑務をしつつ背中から学んでいく一方で、耐えられない者は職を離れていく。それが左官をはじめとした職人の世界でした。
しかしこの構造はせっかくのやる気が無題になっているともいえます。業界が縮小する中で本当にこのままでいいのか?
そうして始まったのがモデリングによる研修だったといいます。
「モデリングをしたからといって左官の技術がすべて身につくわけではありません。しかし入口の感覚を掴むことはできます。
今までは入口が分からずに去っていく人が出てしまう仕組みでした。しかしモデリングによっては、入り口までは職人が一緒に行ってくれるというような仕組みをつくることができたのです。」
モデリングを1ヶ月行ったのちは、現場に出ながら4年間かけて見習いとして左官の実践
力を身につけていくそうです。
そして4年後には年明け披露会(ねんあけひろうかい)という行事があり、見習いから一人前になるセレモニーが開催されると紹介がありました。
セレモニーには職人や先輩が出席し、さらには一人前になった方の家族も招かれ、お祝いがなされるそうです。見習い期間4年間に密着したフォトブックもプレゼントされるといいます。
「見習いから一人前になる期間は勤めている場所によってまちまちです。原田左官では一人前になるまでの期間を4年間と定め、その間に会社で定めるスキルを身につけてもらっています。
ただ4年間は長く、どうしてもキャリアプランがぼんやりしてしまいがちです。
そのため『まずはそこまで頑張ろう!』という一つのわかりやすい目標として、年明け披露会をつくったのです。」
年明け披露会は一人前となる本人が目標達成できるだけでなく、後輩たちにとっての目標にもなるそうです。
原田社長の話を伺って感じたのは、育成の課題においては左官業界に限るものではないのではないかということでした。
パーソナルブランドブックの執筆をしていると、葬儀社で働くベテランの方は「昔はみんな何も教えてくれず、背中で学んでいくしかなかった」と話してくださいます。
これは原田社長の話す、これまでの左官業と同じなのではないでしょうか。きっとライターもフォトグラファー、さらにはほかの職人産業にも同じことがいえるように思います。
「入り口までは職人・先輩が一緒に行ってくれる」「ゴールを示す」という仕組みをいかに育成に組み込んでいくかが、今後の様々な産業において重要になってくるのではないでしょうか?
原田左官に共感し、共に成長する仲間を見つけるための広報
次は採用広報についてのお話です。
原田左官では採用において情報発信を重視しているということでした。
まず紹介されたのはHP、そしてそれを広く伝える役目を果たすSNSの活用です。
「左官という仕事は知名度の問題で大手サイトに求人を出してもなかなか効果を得られません。そのため私たちは一般的ではない変わった採用方法を取り入れようと考えました」
そしておこなった施策がHPを活用しての求人だったそう。
ターゲットとなる年代に刺さるクリエィティブを前面に押し出し、コンテンツは一人前になるまでの不安を払拭するような内容を心がけているといいます。
「ここでのポイントは、給料の金額を前面に出していないことです。給料を訴求してしまうと、当然ですが給料の金額を重視する方が集まってきます。しかしそれでは簡単に転職していってしまいます。私たちとしては長く会社にいてもらい一緒に生活していきたい。
そのため給料ではなく、『この場所で働きたいな』と共感できるようなコンテンツをメインにしているのです」
このHPを拡散するために用いているのがSNSなのだそう。左官に関する情報を発信し「何万人かのうち、左官に興味を持つような一人に届いてもらえれば」という気持ちで運営しているといいます。
また一連の取り組みと並列して仕事旅行社という企業とタイアップし、職業体験をパッケージの販売も行なっているそうです。
仕事旅行社には1万7千名ほどの会員がおり、多い年では年間で60名が原田佐官の仕事を体験しにくるといいます。
「この体験がきっかけで『原田左官で働きたい』といってくれる方もおり、実際何人かは今社員として働いてくれています。
職業体験経由で入社してくださった方々は、入社前から原田佐官の仕事や人を知っているため定着率が高いという特徴があります。
またこれらの取り組みのほかにもインターンシップの受け入れなどを通して、私たちから情報を発信するようにしています」
原田左官の取り組みで特徴的なのは、大手求人サイトを使わないという選択だと感じました。
少子高齢化の社会において、中途・新卒関わらず新たな労働力を確保することは難しくなっていきます。原田社長がおっしゃっていたように、左官の仕事における人材確保はもともと難易度が高く、未来を見据えるのであれば、なんらかの工夫をする必要があったのだと思います。
そうしたなかで原田佐官が行っていたターゲットを決め、自社の強みを押し出し、発信していくという一連の流れはとても素晴らしいと感じました。
「経営者の仕事はやらないことを決めること」という言葉がありますが、まさに原田左官は「大手求人サイトで戦わないこと」を決めていました。そしてそれだけでなく、具体的なアクションプランを考え実行しています。
やらないことを決める、アクションプランの実行どちらか片方ではなく、両方をセットにしているからこそ、求める結果を得られているのでしょう。
原田左官の採用は「判断とアクションの両方をしっかりと行う」ということの大切さを実感させてくれる事例でした。
業界が縮小する中で原田佐官がとった対応とは?
その後は二班に分かれ、それぞれ交代で原田左官取締役の堀越氏へのインタビューとショールームの見学をしていきました。
代表が仕組みを作っていく一方で、堀越氏は社内の風通しを重視し活動していきたといいます。
現場が好きな職人もいれば、管理が得意な職人もいる。さらにそれぞれの職能でも向き不向きがあるため、新人には積極的に同業他社さんへの視察など、さまざまな現場を見せていると堀越氏は話してくれました。
こうしていくとモチベーションの高い人材に気がつくこともでき、次世代のリーダー育成にも繋がっていくといいます。
ショールームでは、原田左官が手掛けてきたさまざまな事例やそのサンプルなどを見学することができました。なかには左官という言葉からはイメージできないような事例も。
そうした取り組みに原田氏は「仕事のコアを定めて行った結果です」と教えてくれました。
原田左官は業界が縮小する状況から仕事を見つめ直し「鏝を使う仕事が原田佐官の仕事」と定めたといいます。
コアが決まったことで従来のような外壁仕上げの業務だけでなく、ブロックを積む業務や防水タイルを張る業務、さらには店舗やオフィスの壁をデザインするという業務も手がけるようになったそうです。
「『私たちの仕事は量産品ではなく人の手による仕事だ』と考えた際に、量産のための仕組みではできない、壁のオーダーデザインという選択肢が浮かんできたのです」
原田左官では商品開発部という部署はなく、お客様とお話ししていくことで「こういったことができるかも?」とアイデアが生まれ、新たなプロジェクトにつながっていくといいます。「原田佐官の可能性を最大化するのがこのショールームなんです」と原田氏は話してくれました。
業務分野の拡大というのは多くの経営者にとって難しい取り組みなのではないでしょうか?
ビジネスチャンスのためには業務の幅を広げる必要があります。その一方で筋の通っていない改革はスタッフの心を引き離してしまいかねませんし、競合との競争激化というリスクもあります。
そうした状況を避けるためには、原田左官のように自身の強みを認識することが重要なのだと感じました。
まとめ
今回の原田左官への視察で印象的だったのは、原田左官が自身の強み・弱み、そして進むべき方向を認識していることでした。
働いていると日々、猛烈なスピードで判断することが求められます。ときには目の前の状況に対処するだけで精一杯になってしまうこともあるでしょう。
しかしそんな中でもしっかりと自社や自身を知ることが重要なのだと、今回の原田左官への視察を通して学びました。
原田左官ではそうすることで向かうべき場所を定められるようになり、ユニークな戦略の実行が可能となっていたからです。
自社を正しく認識できること。それこそがほかでもない、原田左官の強みなのだと感じました。
今後の活動においても、まずは自社や所属するチーム、そして自分のことをしっかりと知るところから始めていきたいと思いました。