経営者であれば企業規模を問わず、経営理念について考えたことを1度はあると思います。果たして経営理念はあった方がよいのか、なくてもよいのか。

中小企業の経営コンサルティングを約20年行ってきた経験からお伝えすると、経営理念は間違いなく必要なものです。
ただし、必要な規模・タイミングが存在します。その境目はどこかといえば、従業員30名という規模感。その人数を超えて、まだ経営理念が明文化されていない会社があるとすれば、はっきり言って「危険」です。

従業員数が20名を超えた段階で経営理念がない企業は明文化することを意識し始める時期です。すでに明文化されていた企業は、次にその理念を落とし込むところに課題が生まれてくるのではないでしょうか。

経営理念の重要性やその落とし込み方を改めて整理してみます。

経営理念を軸にお客様に感動を届ける葬儀社「都島葬祭」

一般社団法人船井財団が主催するグレートカンパニーアワード2016年に顧客感動賞を受賞した株式会社都島葬祭は、大阪に拠点を構える老舗葬儀社です。同社は経営理念が単なる標語だけではなく、自分たちの言葉でしっかりとかみ砕かれ、そして理念に基づいたモットーがお客様に向けて表現されています。

http://www.e-osoushiki.co.jp/sougi/miyakojimasousai/

「顧客感動」を物語るのは、お客様から頂くお手紙です。その数は300通を超え、ほぼ毎日お客様からのお手紙が届いている計算となります。会社からお客様に届けるお礼状ではありません。お客様から頂くお礼状です。驚きですよね。

都島葬祭にとって重要なキーワードは「ありがとう」です。お客様から頂く「ありがとう」が従業員の幸せとなり、それが地域やまたお客様に還元されていくものと考えています。この「ありがとう」のメッセージを、都島葬祭では様々な形でお客様に伝えています。ロゴや広告はもちろん、葬儀式場内で流す動画や壁掛けPOP、移動用の車や自動販売機にまでその言葉は描かれています。

ここまで伝えると、当然従業員はその意味を語れなくてはいけません。語る機会が増えることで、理念もしっかりと浸透していきます。従業員にその考えが浸透することで、それがサービスとなってお客様に伝わり、多くのお手紙をもらえるまでになるのです。

ここで紹介した都島葬祭に限らず、お客様に感動を届けるような素晴らしい会社には経営理念が必ずと言っていいほどあります。

それはなぜでしょうか?

多くのお客様に感動を届け、そしてファンになってもらうためには、従業員一人が頑張っても絶対に実現することはできません。その従業員のファンにはなってくれたとしても、その「会社」のファンになってもらうことは難しいでしょう。

会社レベルで感動を届けるためには、全員が同じ価値観を持っておく必要があります。その価値観の基準となるものが「会社の考え方」です。お客様はその「考え方」に共感し、感動し、ファンになってくれるのです。

そもそも経営理念とは何なのか?

さきほど、従業員が共通して持つ価値観の基準をあえて「経営理念」ではなく、「会社の考え方」と述べました。そこには一つ理由があります。

経営理念、ミッション、ビジョン、クレド、モットー、など、いわゆる「考え方」を表す言葉は数多くあります。もちろんこれらは厳密にはそれぞれが違うもので、意味があります。参考までに日本で時価総額ランキング上位に入る企業のホームページを見てみると、

●トヨタ
明確に定められた経営理念として言葉は明示されていませんが、
基本理念・トヨタ行動指針・トヨタグローバルビジョン・トヨタ生産方式の四つから構成されるものを
経営理念と位置付けている印象です。

トヨタ企業理念:https://global.toyota/jp/company/vision-and-philosophy/

●ファーストリテイリング
企業理念を「FAST RETAILING WAY」として掲げ、
Statement、Mission、Value、Principleの4つから構成されています。
さらにこれらは世界13か国語でも掲載されており、とても大切にしていることがわかります。
ファーストリテイリング基本理念:https://www.fastretailing.com/jp/about/frway/

●KDDI
非常に多くの考え方がまとめられています。
社是、企業理念、フィロソフィ、行動指針、人権方針といった様々な考え方をWEB上で発信しています。
KDDI企業理念:https://www.kddi.com/corporate/kddi/philosophy/

●オリエンタルランド
企業使命、経営姿勢、行動指針の3つから構成されるものを企業理念として発信しています。
それぞれがとてもシンプルで伝わりやすい内容になっています。
オリエンタルランド企業理念:http://www.olc.co.jp/ja/company/philosophy.html

●リクルートホールディングス
基本理念、ビジョン(目指す世界観)、ミッション(果たす役割)、バリューズ(大切にする価値観)といった
会社の考え方を掲げています。CEOメッセージよりも先に、一番最初に掲げられているのが印象的です。
リクルートホールディングスビジョン・ミッション・バリューズ:https://recruit-holdings.co.jp/who/management/

●日本電産
社是、三つの経営基本理念、三大精神の3つの考え方を企業理念としてWEB上に公開しています。
永守さんが創業当時から大切にされている3つの言葉を三大精神という独自の言葉を使って、
大切に引き継いでいる印象があります。
日本電産企業理念:https://www.nidec.com/jp/corporate/about/philosophy/

どの企業も大切にする考え方を言葉にして発信しています。
しかし、会社によって使っている言葉は様々です。ここに挙げた企業の中だけでも、基本理念、行動指針、ビジョン、ミッション、社是など、多数の「考え方」が存在しています。

つまりどの言葉を使うか、それ自体はそれほど重要ではなく、その会社にとって一番合っている言葉を選ぶことが大事なのだと私は考えています。

経営理念をはじめとした企業の考え方は、どこかのタイミングでいきなり現れるものではありません。創業当時から経営者自身が考えていたことや発信していた言葉がベースにあり、常日頃から発信されていたものです。

それが従業員が30人、100人、300人といった企業のステージが変わる段階で、従業員により浸透しやすく「コトバ化」したものが経営理念やミッションとして掲げられます。

日本電産の「三大精神」が最もわかりやすいですが、永守さんが創業当時から発信していたこの言葉が一番伝わりやすい表現を追求した結果なのだと感じます。

「信念のあるいい会社」は経営理念を掲げているのか?

時価総額上位の企業にはその会社ならではの言葉を使いながら、経営理念を見える化していました。
では「いい会社」には必ず経営理念はあるのでしょうか?

「働きがいのある会社」のランキングというものがあります。
GPTW:https://hatarakigai.info/
WEB上で確認できる企業数は約150社ありますが、実際のその9割以上の企業のHPには、しっかりと企業理念やミッションなど、大切にする“考え方”が発信されています。企業規模別に掲載されていますが、100人未満の中小企業においてもその比率は変わりません。

経営理念があるからいい会社と言えるかどうかはわかりません。形だけの経営理念も世の中には数多く存在するからです。
ですが、「いい会社には必ず経営理念がある」ということは大きな事実です。

お客様に選ばれ、従業員もやりがいを持って働き、成果を上げ続ける企業とは、事業戦略はもちろんのこと、大切にする考え方をしっかりと根付かせること、お客様に発信することということができているのです。

経営理念づくりは会社の見直しから始めよう

いい会社づくりを目指していこうと決めたら、まずは会社の理念を作る、もしくは形だけのものになっていたとしたならば、
リブランディングすることが必要になります。ではそもそも経営理念はどのように作られるものでしょうか?

コンサルティング会社勤務時代には数多くの企業様の経営理念づくりのサポートをしてきました。経営理念づくりとは、すでに会社が行っていること、お客様に喜んでいただいていることを目に見えるものにしていく作業です。

実際に年商50億円に上る企業のCI戦略の一環として理念のリブランディングを行った際には、

●現社長からの創業経緯、創業精神の見える化
●経営陣から会社の強み、課題のヒアリング
●従業員からの「働き甲斐」のヒアリング
●お取引先企業からみた自社の強みのヒアリング
●地元消費者への自社のイメージインタビュー

など、様々な角度から理念リブランディングのキーワードを抽出します。そのキーワードを組み合わせながら言語化し、経営理念、社外発信向けのコーポレートスローガン、行動指針といったものを形にしていきました。

さらにしっかりとこの理念を会社に落とし込んでいくために、幹部ならびに参加者を公募の形で集めて、理念構築のプロジェクトチームを作り、再度議論をしました。その議論の過程を経て、最終的な経営理念、コーポレートスローガン、行動指針が決まりました。

理念を作るといった一見答えがないようなものは、議論の回数が必要になります。この議論の過程が価値観を合わせていくために非常に重要な時間となるからです。

作って終わりではない、経営理念を従業員に浸透させるには?

せっかくいい経営理念を作ってもそれが従業員に浸透しなければ意味がありません。クレドカードを作ったり、毎朝朝礼で唱和をするなどは、よくある浸透活動と言えます。しかし、これらはほぼ意味がありません。

厳密にいうと、これだけでは意味がありません。

唱和や文字化という活動は、その言葉を覚えるためには有効ですが、本来重要なのはそれらの言葉の背景にある考え方がしっかりと共有されることです。文字上の言葉だけを覚えて、「それってちなみにどういうこと?」という質問に答えられなければ何も意味がないのです。

大切なことは、仕事を通じて理念をしっかりと感じることです。

例えばある会社でこんなことを行いました。従業員ユニフォームを作り変えるというタイミングで、社内メンバーを募集。そのメンバーでどんなユニフォームにするかを検討していたのです。かっこいい、かわいい、ここにポケットがあると使いやすいetc……。様々な意見が出るわけですが、そこで、

「そもそも会社としてユニフォームとしてお客様に何を伝えたいですか?」

という議論を入れるのです。そこで改めてお客様に自分たちが提供している価値、提供したいもの、伝えたいものを見つめなおし、ユニフォームの色だったり、入れるメッセージなどが固まっていきます。

これは一つの例ですが、社内プロジェクトとして立ち上げられる案件は数多くあります。その中に「経営理念」に基づく議論を入れ込むだけで、参加メンバーの理念に対する理解がぐっと高まります。

この回数を増やすほど理念は会社全体に広がり、そしてお客様にも浸透し、簡単には他社が真似できない「信念のあるいい会社」となり、持続的な成長を実現できるようになっていくのです。

葬儀社にとって「経営理念」が成長エンジンとなる理由は?

これまで様々な葬祭業経営者のインタビューを行ってきている中で、多くの会社にとってどこかのタイミングで経営理念というものが固まってきた段階があります。

信念のあるいい会社~ライフサービス株式会社~信念のあるいい会社~あすかセレモ株式会社~信念のあるいい会社~株式会社花駒~

新しいコンセプトの葬儀式場を作るタイミング、社員規模が30人、50人と越えていったタイミング、社長を先代から引き継いだタイミング、そんな様々なタイミングで作られてきた経営理念。葬儀社にとっては、この経営理念がさらに重要だと感じています。
それは長年、葬祭業界のコンサルタントとして携わってきた経験からも感じることです。
その大きな理由が「商品による差別化の難しさ」にあります。一般葬、家族葬、直葬、それ自体は葬儀の形態の違いではありますが、どの会社も対応しています。A葬儀社とB葬儀社の家族葬の違いは?と言われたときに、
明確に「これ!」と言えるものはほとんどないのではいでしょうか。もちろん、専用式場まで作ることで他社との差別化を図ることは可能です。
ただ、それも真似できないかと言えば、真似はできる。結局、どの部分で差をつけるかと言えば、「人」という話に行き着きます。その「人」や「チーム」を育てる上では、指針となるものが必要です。
そのために経営理念というものが存在します。つまり経営理念の重要度が高い経営者ほど、人材育成の重要性を十分に感じており、それが他社との違いを生むということがわかっているわけです。

事業展開にも「経営理念」が軸となる

またこれは事業展開においても独自固有性を高めるために必要なことになります。

葬祭業といえば附帯して考えられるビジネスは、生花、ギフト、料理、仏壇、墓石、こういったところが定番です。今では、遺品整理や納棺も別事業として単独化しているところもあります。

近年では客層が近いということもあり、介護ビジネスを展開している会社もあります。

事業を複合化していくことで、会社の独自性を高めていくこと。これはもちろん重要ですが、上記に挙げたようなビジネスというのは比較的イメージがしやすく、それゆえに「独自性」という意味では弱い部分もあります。

ある葬儀社では、スポーツビジネスを始めるといいます。またある葬儀社では、旅行事業を。携帯ショップやコインランドリーといった地域に根差したビジネスを展開する会社もあります。その地域の強みを活かした農業へ展開を検討している葬儀社もあります。

どれも奇をてらったビジネスではなく、あくまで「何のためにやるか」が明確に説明できるものでした。ですから従業員にとっても、そしてお客様にとってもすべて納得のいく説明もでき、そして応援もしてもらえるようになります。

その結果、企業としての独自固有性はどんどん高まっています。
この固有性にお客さまはファンとなり、結果として企業が成長を続けることが出来るようになるのです。

<この記事を書いた人>
つむぎ株式会社 代表取締役社長 前田亮。静岡県立清水東高校、慶應義塾大学経済学部卒業後、新卒で株式会社船井総合研究所に入社。エンディング業界の立ち上げを行い、チームリーダー、グループマネージャーを得て、35歳で部長となり、BtoCサービス業全般を広く携わる。10億円未満の中小企業における「業績を伸ばす組織作り」をコンサルティング領域とする。「信念のあるいい会社」にもっと入り込んだお手伝いをしたいと2020年独立し、つむぎ株式会社を創業する。